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札幌高等裁判所 平成9年(行コ)9号 判決 1999年6月10日

控訴人 滝川労働基準監督署長

代理人 伊良原恵吾 井上正範 須貝諭 ほか三名

被控訴人 渡辺ヤエ

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件は、被控訴人が控訴人に対し、被控訴人の亡夫渡辺三郎の死亡につき、じん肺に起因する業務上の事由によるものであるとして、労働者災害補償保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料を請求したのに対し、控訴人から不支給処分を受けたため、右処分の取消しを求めたところ、原審が右請求を認容したので、控訴人が控訴した事案である。その余は、当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第二の二ないし四に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決七頁七行目の「(以下「別表」という。)」を削る。)。

一  控訴人

1  国際がん研究機関(以下「IARC」という。)の報告(じん肺と肺がんとの因果関係)について

(一) IARCは、平成九年に発表した「ヒトに対するがん原性リスクの評価に関するモノグラフィ」(以下「IARC報告」という。)において、従前、結晶性シリカ(遊離けい酸)の発がん性について、ヒトに対しては限定された証拠があるとしてグループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある物質)に分類していたのを、結晶性シリカの職業性曝露は「ヒトに対して発がん性がある。」として、グループ1に分類を変更した。

しかし、結晶性シリカをグループ1と評価したことについては、その基礎となった疫学調査、動物実験結果のヒトへの適用などに多くの問題を残しており、国際的な合意を得た最終結論ではないこと、IARC報告の総合評価は、あくまでも予防的観点から行われているものであって、個々の症例について、補償の対象とするか否かの因果関係を明確にするという観点からされているものではないのみならず、各国の労災補償制度を見ても、炭鉱労働者でじん肺症に罹患した患者に発生した肺がんについて、労災補償の対象としている国はなく、唯一我が国のみが特例的に補償しているにすぎないこと、以上からすれば、本件のように個別の事案において補償を要求する場合には、その因果関係の立証のためIARC報告をそのまま用いることはできない。

(二)(1) 三郎が粉じん作業に従事したのは、炭肺(炭粉の吸収により発症するもので、一ないし五ミリメートルの結節が肺野に多発し、結節周辺に局所肺気腫を伴っている。)の好発職場である炭鉱であった。したがって、三郎が曝露を受けた粉じんは、遊離けい酸の含有量が少なく、けい酸塩を主体とし、炭粉、金属を含む物質で構成される粉じんであったから、三郎のじん肺は、けい肺(遊離けい酸を含有する粉じんの吸入により発生するもので、塊状巣が見られることが多い。好発職場としては、金山、銅山、その他の鉱山、石切、陶磁器製造業、鋳物業が挙げられる。)ではなく、混合粉じんじん肺(MDP)と称されるじん肺であった。

(2) 被控訴人は、三郎の職種・作業内容、作業現場における遊離けい酸の含有率などから、三郎が遊離けい酸の含有率が極めて高い粉じんを吸入した旨主張するが、三郎が従事していた北海道炭礦汽船株式会社空知鉱業所(以下「北炭空知鉱」という。)における掘進作業が被控訴人の主張するようなけい肺好発職場である旨の報告はない。したがって、三郎の従事していた掘進作業が炭肺好発職場である炭鉱における業務であることに変わりはなく、けい肺の好発職場である「金山、銅山、その他の鉱山、石切、陶磁器製造業、鋳物業」における業務とはいえない。また、三郎の従事していた北炭空知鉱の岩盤中の遊離けい酸含有率は三〇パーセント前後であって、地球上のシリカ含有率(約二八・一パーセントと推定。<証拠略>)よりも若干高いとはいえ、含有率が極めて高かったと評価することはできない。

なお、IARC報告では、炭鉱で曝露する炭粉を「ヒトに対して発がん性を有するグループに分類することはできない。」としてグループ3に分類しているから、三郎の肺がんの原因を検討するについて、IARC報告を前提として考えるとしても、結晶性シリカではなく、グループ3に分類された炭粉を前提とすべきである。

2  三郎のじん肺による医療実践上の不利益について

(一) 平成元年五月一五日当時における三郎の肺がん鑑別診断の可能性

(1) 平成元年五月一五日撮影の胸部エックス線写真<証拠略>には、三郎の左肺の下半分にびまん性の陰影が出現しており、肺感染症が存在していることを示唆しており、また、淡い陰影の上部(左肺中肺野で、エックス線写真上は第七肋骨と第八肋骨との間)には、やや濃度の高い境界が不鮮明な陰影が認められ、陰影が不均等に出現していることから、肺感染症以外の何らかの病巣が存在する可能性を示唆していた。

(2) また、同日撮影の通常断層写真<証拠略>には、第七肋骨に重なって、境界が不鮮明な、三センチメートル×二センチメートル程度の大きさの、濃度のやや高い陰影が認められ、腫瘍性の病巣が存在することを示唆していた。なお、じん肺の大陰影は肺の上部に出現するのが大部分であるから、右のような濃度のやや高い陰影については、じん肺の大陰影よりも腫瘍性の病巣の存在を疑うのが通常である。

(3) 右のとおり、通常断層写真<証拠略>では、三センチメートル×二センチメートル程度の大きさの陰影が認められたのであるから、直径一・五ないし二ミリメートル程度の大きさのじん肺の粒状影が存在したからといって、右陰影自体を見落とすということはあり得ないのであって、じん肺性の粒状影が存在したために腫瘤陰影を判別することが非常に困難であり、そのため肺がんの発見が遅れたというような状況にはなかった。

そして、右陰影の濃度がやや高く、じん肺の大陰影が出現する部位とも異なっていることなどからすれば、右陰影については腫瘍性の病巣の存在を疑うのが通常であって、この時点で肺がんの存在を念頭に置いて精密検査を実施することが可能であった。

(二) 平成元年五月一五日当時における三郎の外科療法の適応及び延命の可能性

三郎の肺がんは、悪性度の最も高い低分化腺がんであったから、平成元年五月一五日当時、がんがリンパ節に転移していた可能性は否定できないほか、三郎には、心不全という基礎疾患が存在していたことからすれば、仮に、右時点で肺がんが発見されたとしても、手術等の外科療法の適応はなく、他のいかなる治療手段をとったとしても、有意な延命効果を期待できなかった。

二  被控訴人

1  控訴人の右一1、2の主張はいずれも争う。

2  IARC報告について

(一) 平成九年に発表されたIARC報告の発がん性評価において、結晶性シリカ(遊離けい酸)をグループ1に分類したところ、次の(二)の事情などを考慮すれば、三郎のじん肺と肺がんとの因果関係は肯定される。

(二) 三郎が曝露を受けた粉じんは、遊離けい酸粉じんのみではなく、混合粉じんであったが、混合粉じんといっても、そこに含まれる遊離けい酸分は一律ではなく、労働者が従事する炭鉱内における職種・作業内容、作業現場、掘進する岩盤の性質などにより区々である。

三郎が昭和二三年二月から昭和三八年六月までの間、北炭空知鉱で稼働していたうち、昭和二四年一一月から退職する昭和三八年六月までの間は掘進夫として過ごしてきた。掘進作業は、採炭現場に至る坑道を掘削し延長するという石を扱う作業であって、まさにけい肺の好発職場であった。また、昭和三六年四月末当時における北炭空知鉱の各坑口における岩盤に含まれる遊離けい酸含有率はいずれも三〇パーセント前後の数値を表しており、これと石炭鉱山保安規則に基づく通産大臣の「けい酸質区域指定」の懈怠と相まって、三郎は、遊離けい酸の含有率の極めて高い粉じんを吸入した。

第三当裁判所の判断

一  事実関係

前期争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  三郎のじん肺の罹患及び症状の推移等

(一) 三郎(大正一〇年八月二五日生)は、昭和二三年二月九日から昭和三八年六月一一日まで北炭空知鉱の坑内夫として粉じん業務に従事し、じん肺に罹患した。なお、三郎自らが記載して岩見沢労災病院に提出した昭和五三年九月二〇日付けの問診票<証拠略>には、一六歳より喫煙を始め、一日一五本喫煙している旨の記載がある。

(二) 北海道労働基準局長は、昭和五六年一一月三〇日付けで、三郎のじん肺をじん肺管理区分「管理三イ」、療養「否」と決定した。

三郎は、健康管理手帳の交付を受け、以後ほぼ年二回定期的に岩見沢労災病院において健康診断を受け、その際、診察、胸部エックス線写真撮影等の検査を受けたが、この間、臨床症状に目立った変化はないとされ、じん肺管理区分も、平成元年一一月一五日まで管理三イ相当で推移した。<証拠略>

(三) 岩見沢労災病院の安曽医師は、平成元年五月一五日、三郎の健康診断の際、胸部エックス線写真<証拠略>の左中肺野に陰影を認めたが、肺機能障害の程度は「Fマイナス」(じん肺による肺機能障害がない状態)であり、じん肺の程度も管理三イ相当と判断した。

安曽医師は、同年一一月一五日、三郎の健康診断の際、同日撮影の胸部エックス線写真<証拠略>において同年五月一五日撮影の際に認められた左中肺野の陰影が増強していることに気づいたので、カルテ<証拠略>に要注意と記載したが、じん肺管理区分については、肺機能障害の程度に顕著な変化がなかったため、従前と同様、管理三イ相当と判断した。<証拠略>

2  三郎の肺がんの発見及び死亡に至った経緯等

(一) 三郎は、昭和六一年六月ころから、全身倦怠、動悸、息切れ、喀痰、咳嗽等の症状を訴え、北見市内の西谷暹医師(以下「西谷医師」という。)の診察を受け、けい肺(第三症度)、慢性心不全、動脈硬化性高血圧症と診断され、平成元年四月以降は数日おきに西谷医師の診療を受けていたところ、同年一一月二四日に至り、全身倦怠、動悸、息切れ、喀痰、咳嗽等の症状が急激に増悪した。なお、この間の同年五月一五日、安曽医師が三郎の健康診断の際、三郎の左中肺野に陰影を認めていたことは前記のとおりである。

西谷医師は、同年一一月二四日に撮影した三郎の胸部エックス線写真<証拠略>上に、左下肺野にけい肺とは異なる雲状の陰影を認めたので、同日以降各種の検査を実施したが、確定診断をするまでには至らなかった。

<証拠略>

(二) 三郎は、平成元年一二月二〇日、西谷医師の勧めにより岩見沢労災病院で受診し直ちに入院したが、入院当初から、咳・痰が多く、全身倦怠感・食欲不振等の自覚症状を訴えていた。

右入院後、岩見沢労災病院では、三郎の胸部エックス線写真<証拠略>の所見で、左中下肺野に広範囲な陰影、右中肺野外側に淡い陰影、左胸水貯留を、動脈血検査により低酸素血症をそれぞれ認めたことや、喀痰細胞診の検査結果などを踏まえて、同月二五日に未分化腺がんと確定診断し、この間、酸素療法、抗生剤投与、補液等の治療を行った。

しかし、三郎の前記症状は改善されず、かえって胸水の増加傾向を示し、同日夕方以降、胸部レントゲン所見上両肺に肺うっ血をうかがわせるすりガラス様の陰影が出現し、乏尿、呼吸困難、低酸素血症が増強した。そのうち、三郎は、呼吸停止・心停止状態に陥り、心蘇生術に一度反応したが、再度心停止をきたし、翌二六日午前四時四〇分急性呼吸不全により死亡した。(<証拠略>)

(三) 三郎は、肺の末消に発生した未分化腺がんが胸膜に湿潤し、がん性胸膜炎となり、大量の胸水貯留などにより呼吸困難に陥って死亡したものであり、肺がんに起因する急性呼吸不全が直接の死因であった。(<証拠略>)

(四) なお、岩見沢労災病院では、三郎がじん肺により健康診断を受け始めた以降、平成元年一二月に三郎が入院するまで、肺がんなどを疑った検査は実施されなかった。<証拠略>

3  三郎の胸部エックス線写真及び通常断層写真の所見の経過

(一) 昭和五六年九月一〇日撮影の胸部エックス線写真<証拠略>には、左右の肺に左右均等に直径約一・五ミリメートルないし三ミリメートルのいわゆる粒状影及び不整形陰影が見られ、その後も昭和六三年五月ころまで、ほぼ同様の状態で推移しており、この間、じん肺以外の異常陰影は見られなかった。

右の間のじん肺エックス線像は、第二型(両肺野にじん肺による粒状影又は不整形陰影が多数あり、かつ、じん肺による大陰影《一つの陰影の長径が一センチメートルを超えるもの》がないと認められるもの)q(直径一・五ミリメートルを超えて三ミリメートルまでのもの)に分類されるものであった。<証拠略>

(二) 昭和六三年一一月一七日撮影の胸部エックス線写真<証拠略>には、従前と同様、じん肺による粒状影及び不整形陰影以外の異常陰影は見られなかったが、同日撮影の通常断層写真<証拠略>には、左第七肋骨部分にやや淡い異常陰影が見られた(ただし、肋骨に重なっていたため、病的な異常陰影か否かの判定は困難であった。)。<証拠略>

(三) 平成元年五月一五日撮影の胸部エックス線写真<証拠略>には、全肺野に分布したじん肺による粒状影及び不整形陰影の分布密度は十全とほぼ同様であり、じん肺による大陰影及び結核性湿潤陰影は見られなかったが、左肺下半分を占めるびまん性の異常陰影が出現し、右陰影の上部(左肺中肺野で、エックス線写真上は第七肋骨と第八肋骨との間)には、やや濃度の高い境界が不鮮明な異常陰影が見られた。

また、同日撮影の通常断層写真<証拠略>には、第七肋骨に重なって境界が不鮮明な約三センチメートル×二センチメートルの濃度のやや高い異常陰影が見られた。<証拠略>

(四) 平成元年一一月一五日撮影の胸部エックス線写真<証拠略>には、同年五月一五日撮影の胸部エックス線写真に見られた左下肺野の淡いびまん性の異常陰影はほぼ吸収されて消褪し、直径約三・五センチメートルの境界が不鮮明なやや濃度の高い異常陰影が見られた。右陰影は、筋状の細かい血管を含んでおり、鳥の巣状をしていた。

また、同日撮影の通常断層写真<証拠略>には、左中肺野後部に境界が不鮮明な四・五センチメートル×三・五センチメートルの周囲よりも濃度が高く、内部がほぼ均等な異常陰影が見られた。<証拠略>

二  以下、右一の事実を前提として、各争点について判断する。

1  争点1について

被控訴人は、本件死亡の原因がじん肺の急性悪化による呼吸不全を原因とする死亡であるから、業務上の事由によるものである旨主張するが、本件死亡の原因が肺がんに起因する急性呼吸不全であることは前記のとおりであるから、被控訴人の争点1に関する主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

2  争点2について

(一)(1) じん肺に関し、適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずることにより、労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与することを目的として、じん肺法が制定されている(同法一条)。同法において、じん肺とは粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病をいうものと定義されている(同法二条一項一号)。

粉じん作業に従事する労働者及び粉じん作業に従事する労働者であった者は、じん肺法所定のじん肺健康診断の結果に基づき、じん肺管理区分管理一ないし管理四のいずれかに区分して、健康管理を行うものとされている(同法四条二項)。

じん肺管理区分が管理四と決定された者及び合併症にかかっていると認められる者は、療養を要するものとされている(同法二三条)。合併症とは、じん肺と合併した肺結核その他のじん肺の進展経過に応じてじん肺と密接な関係があると認められる疾病をいう(同法二条一項二号)。合併症の範囲については労働省令で定めるものとされ(同条二項)、具体的には、じん肺管理区分が管理二又は管理三と決定された者に係るじん肺と合併した肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症及び続発性気胸が合併症とされている(同法施行規則一条)。

(2) 遺族補償給付及び葬祭料の支給は、労働者が業務上死亡した場合に遺族又は葬祭を行う者の請求に基づいて行うこととされている(労働者災害補償保険法《以下「労災保険法」という。》一二条の八第一項、二項及び労働基準法《以下「労基法」という。》七九条、八〇条)ところ、労働者が業務上の疾病に起因して死亡したときは、右にいう「労働者が業務上死亡した場合」に該当するものと解されている。

そして、業務上の疾病の範囲は、命令で定めるものとされ(労災保険法一二条の八第一項、二項及び労基法七五条)、これを受けた労働基準法施行規則(以下「施行規則」という。)三五条、別表第一の二において具体的に定められている。これによれば、療養を要するじん肺及び前記(1)の合併症は業務上の疾病であるとされている(同表五号)が、じん肺に合併した肺がんは、少なくとも明示的には業務上の疾病であるとはされていない。

もっとも、労働省労働基準局長が各都道府県労働基準局長に対して発した「じん肺症患者に発生した肺がんの補償上の取扱いについて」と題する昭和五三年一一月二日付けの通達(六〇八号通達)によれば、じん肺法によるじん肺管理区分が管理四と決定された者であって、現に療養中の者に発生した原発性の肺がんについては、施行規則別表第一の二第九号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」として取り扱うこととされている。また、六〇八号通達によれば、現に決定を受けているじん肺管理区分が管理四でない場合又はじん肺管理区分の決定が行われていない場合において、当該労働者が死亡し、又は重篤な疾病にかかっている等のためじん肺法一五条一項の規定に基づく随時申請を行うことが不可能又は困難であると認められるときは、地方じん肺診査医に対しじん肺の進展度及び病態に関する総合的な判断を求め、その結果に基づきじん肺管理区分が管理四相当と認められる者についても、これに合併した原発性の肺がんを右と同様に取り扱うものとされている。

(二) 被控訴人は、本件死亡当時の三郎のじん肺の程度が管理四相当であり、六〇八号通達により施行規則別表第一の二第九号所定の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するから、本件死亡は業務上の事由によるものと取り扱われるべきである旨主張し、証拠<略>には、三上医師が平成元年一二月二五日に被控訴人らに対し、正月過ぎに三郎について管理四に認定申請する旨を告げたという部分がある。

しかしながら、証拠<略>には、三上が被控訴人らに対し、右告知した事実を否定する部分が存することに照らすと、被控訴人の右主張に沿う証拠は直ちに信用することができないのみならず、三郎は、昭和五六年一一月三〇日付けでじん肺管理区分「管理三イ」、療養「否」と決定された以降、岩見沢労災病院において定期的にじん肺健康診断を受けたが、じん肺の胸部エックス線写真上の所見及びじん肺による肺機能障害の具体的症状はさほど変化がなく推移しており、平成元年一一月一五日の安曽医師の診断においても管理三イに該当すると判断されていたことに照らすと、本件死亡当時の三郎のじん肺の程度が管理四相当であったと認めることはできない。

(三) したがって、被控訴人の争点2に関する主張は理由がない。

3  争点3について

(一) 被控訴人は、本件死亡が肺がんによるものであるとしても、現在の医学上確立した知見によれば、じん肺と肺がんとの間には因果関係が認められており、三郎の肺がんがじん肺に起因して発生したといえるから、本件死亡は業務上の事由によるものである旨主張する。

(二) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 我が国では、戦後、じん肺に原発性肺がんを合併する症例が報告されるようになり、これに伴い、じん肺とこれに合併した肺がんとの間に因果関係が存在するか否かが議論されてきた。<証拠略>

(2) 労働省労働基準局長は、昭和五一年九月、珪肺労災病院の千代谷慶三を座長とし、ほか七名の専門家によって構成されたじん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議に対して、じん肺による健康障害について検討するように委嘱し、これを受けた専門家会議は、昭和五三年一〇月一八日、同局長に対して検討結果を報告(以下「専門家会議報告」という。<証拠略>したが、その概要は次のとおりである。

ア 粉じんの発がん性について

じん肺の主要な起因物質であるけい酸又はけい酸塩粉じんの発がん性については、現時点においてこれを積極的に肯定するような見解は得られなかった。

イ 実験病理学的成果について

じん肺とこれに合併した肺がんとの病因論的関連性については、未だ不明の点が多く、これを解明しうる実験モデル作成は困難である。

したがって、これまでの実験成果から得られる情報は乏しく、かつ限られた範囲のものでしかない。

ウ 病理学的検討について

がんの組織型や原発部位のみから直ちに職業性のがんであるか否かを判定することは困難である。

粉じんの吸入量と肺がんの合併頻度との間に量反応関係が欠けているようにみえる報告もあるが、じん肺における病変の多彩さなどを考えると、直ちに両者の量反応関係を否定し去ることはできない。

現状では、病理形態学的立場からじん肺性変化が肺がんの発生母地になり得ると断定するには証拠が乏しい。今後じん肺における上皮内がん症例の蓄積がされ、それらとじん肺病変との病理組織学的連続性が証明されて初めてじん肺と肺がんの因果関係の存在が結論されると考えられる。

エ じん肺と肺がんの合併頻度について

じん肺剖検例の検討では、けい肺を主体とするじん肺患者に高頻度に肺がんが合併している現象は、全国的な拡がりにおいてみられる可能性のあることが示唆される。

一般病院施設における外来・入院患者の調査結果では、全体として肺がんの合併頻度は高い傾向にあった。

オ 疫学的情報について

我が国においても諸外国においても、現在得られている疫学的情報は極めて限られたものでしかない。また、これらの報告は、調査方法が種々異なっており、母集団が明確でないものが多い。今後、肺がん合併の頻度分布に関する正確な資料を収集するとともに、けい酸又はけい酸塩粉じんのもつがん原性についての検討やけい肺自体が示す前がん病変に関する医学的な意義の解明が重要と思われる。

カ じん肺合併肺がんに対する行政的保護措置の必要性について

じん肺と合併肺がんの因果性の立証については、なおかつ病因論的には今後解明を待たなければならない多くの医学的課題が残されている。

しかし一方、我が国のじん肺と肺がんの合併の実態は、じん肺剖検例及び療養者において高頻度であることが明らかである。しかも、じん肺合併肺がん患者を取り扱った一般医療機関の臨床医師により、<1> 肺がんの早期診断がしばしば困難となる、<2> 肺がんの内科的・外科的適応が狭められる、<3> じん肺と肺がんの両者の存在のもとでは一層予後を悪くするなど、種々の医療実践上の不利益が指摘されていることなどからすれば、じん肺に合併した肺がん症例の業務上外の認定に当たっては、これらのじん肺罹患者の病態と予後にかかわる実態が十分に考慮され、補償行政上すみやかに何らかの実効ある保護施策がとられることが望ましい。

(3) 専門家会議報告以降に発表された、<1> 千代谷慶三ほか一二名「じん肺と肺がんの関連に関する研究―労災病院プロジェクト研究結果報告―」(昭和六二年。<証拠略>)、<2> 海老原勇「粉じん作業者の肺がん VIIIじん肺罹患者の肺癌」(平成元年。<証拠略>)、<3> 斎藤芳晃ほか七名「じん肺症の病理学的検討―じん肺結核の肺癌合併例を中心に―」(平成元年。<証拠略>)、<4> 森永謙二ほか五名「珪肺と肺癌:大阪における珪肺認定患者のコホート研究」(平成三年。<証拠略>)、<5> 千代谷慶三ほか一名「じん肺症における肺がんのリスクについて―量・反応関係に関する一考察―」(平成三年。<証拠略>)、<6> 山本真「じん肺と肺がんの関連性および喫煙の影響に関して(意見書)」(平成四年。<証拠略>)、同「じん肺と肺がんの関連性および喫煙の影響に関して(補充意見書)」(平成四年。<証拠略>)、同「じん肺と肺がんの関連性および喫煙の影響に関して(再補充意見書)」(平成五年。<証拠略>)、<7> 山本真ほか一名「意見書―水野氏の問題提起に答えて―」(平成五年。<証拠略>)、<8> 山本英二「じん肺と肺癌の疫学研究法について(意見書)」(平成五年。<証拠略>)、同「じん肺と肺癌の疫学研究法について(補充意見書)」(平成五年。<証拠略>)、<9> 沖田功「じん肺に合併した肺癌症例について(剖検例から)」(平成五年。<証拠略>)等の報告では、じん肺患者に肺がんが多く発生していることなどを指摘し、じん肺と肺がんとの有意な関連性を示唆し、その中には、有意な関連性を強く肯定する見解もある。

これに対し、<1> 横山哲朗「じん肺症における肺がんの発生頻度に関する研究」(平成三年。<証拠略>)、<2> 和田功ほか二名「じん肺症における肺癌発生頻度に関する文献的一考察」(平成四年。<証拠略>)、<3> 東敏昭「じん肺と肺癌との関連について(意見書)」(平成五年。<証拠略>)等の報告では、右見解を批判し、確実な因果関係は不明であるとし、また、平成二年度に設置されたじん肺り患者の病後の経過に関する調査研究委員会の研究結果報告書(平成五年。<証拠略>)では、両者の有意な関連性を認めていない。

(4) IARCは、世界保健機関(WHO)に所属する研究所で、昭和四〇年の設立以降、ヒトのがんの原因解明と予防のために疫学研究と実験研究を行ってきており、化学物質の発がん性に関する研究機関等の中では、国際的に権威がある機関の一つとされている。

IARCは、昭和六二年の段階で、結晶性シリカの発がん性について、試験動物に対しては十分な証拠があり、ヒトに対しては限定された証拠があるとして「ヒトに対しておそらく発がん性がある。」というグループ2Aに分類していたが、平成九年に発表したモノグラフ<証拠略>において、結晶性シリカの職業性吸入曝露は「ヒトに対して発がん性がある。」というグループ1に分類した。なお、炭じん曝露については、約一〇パーセントの結晶性シリカを含むものとの前提において、ヒトに対して発がん性を有するグループに分類することはできないとしてグループ3に分類した。

IARC報告は、主として動物実験及び疫学統計に基づくものである。

また、IARC報告以外では、米国の国家毒性プログラム(NTP)が平成三年に結晶性シリカを「合理的に発がん性物質であることが知られている。」(グループB)に分類し、日本産業衛生学会も同年に二酸化珪素(結晶性)を「人間に対しておそらく発がん性があると考えられる物質のうち証拠がより十分な物質」に該当するとしている。

しかしながら、じん肺に関して国際会議を開催している国際労働機関(ILO)及び米国産業衛生専門家会議(ACGIH)などにおいては、シリカの発がん性に関する評価を発表しておらず、平成九年一〇月に開催されたILO第九回国際職業性呼吸器疾患学術会議においても、IARC報告に対する評価が分かれた。なお、右学術会議の座長を務めた志田寿夫(平成一〇年。<証拠略>)は、IARC報告において検証した動物実験における結晶性シリカの投与(曝露)の方法・態様が通常ヒトが職場で曝露する態様(作業環境)とは大きく異なること、IARC報告では、喫煙、高齢、環境因子などに伴う肺がんの発生について言及しておらず、特に、喫煙には高い発がん性が認められているにもかかわらず、結晶性シリカのみにガン原性を強調することには疑問がある旨の意見を述べている。<証拠略>

(三) 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁昭和四八年(オ)第五一七号同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)。

これを本件についてみると、専門家会議報告以降に発表された報告の中には、じん肺と肺がんとの間の関連性が高いことを示すものがあるが、疫学的因果関係を肯定する見解に対しては、分析疫学的考察の欠如、対象集団の偏り、関心度の偏り、量反応関係、交絡因子の影響の考慮などの点について批判があること<証拠略>、また、IARC報告では、結晶性シリカの職業性吸入曝露が「ヒトに対して発がん性がある。」というグループ1に分類したが、その基礎となった動物実験結果のヒトへの適用、疫学調査などに問題を残しており、国際的な合意を得た最終結論ではないこと、その他のじん肺又は肺疾患に関連する国際機関又は国際会議においても、じん肺と肺がんとの一般的因果関係を肯定する結論を出すまでの状況にないことは前記のとおりであること、以上に照らすと、結局、現在の医学的知見では、じん肺と肺がんとの間の関連性が示唆されるにとどまり、直ちに高度の蓋然性をもって両者の間の一般的因果関係を認めるには至っていないというべきである。

被控訴人は、IARC報告の発がん性評価において、結晶性シリカ(遊離けい酸)がグループ1に分類されたことを前提とした上、三郎は、その従事していた北炭空知鉱内において、遊離けい酸の含有率の極めて高い粉じんを吸入していたことなどから、三郎のじん肺と肺がんとの因果関係は肯定される旨主張する。しかしながら、既に説示したとおり、結晶性シリカをグループ1と分類したIARC報告には問題点があるのみならず、国際的な合意を得た最終結論でもないことなどからすれば、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人の右主張事実をもって、三郎のじん肺と肺がんとの因果関係を認めることはできないというべきである。

(四) したがって、被控訴人の争点3に関する主張は理由がない。

4  争点4について

(一) 被控訴人は、三郎は、じん肺性の粒状影のため、肺がんの発見が遅れ、適切な治療を受けることができず、そのために死亡したものであり、じん肺が肺がんの早期発見、早期治療及びその後に悪影響を及ぼしたという医療実践上の不利益があるから、じん肺と死亡との間に相当因果関係が認められる旨主張する。

(二) 六〇八号通達において、じん肺法による管理区分が管理四で現に療養中の者及び管理四相当であると認められる者に発生した原発性の肺がんのみを業務上の疾病として取り扱うものとしていることは前記のとおりであるが、これは、専門家会議報告で指摘された高度に進展したじん肺病変の存在が、肺がんの早期診断の困難性、肺がんの治療方法の制限及び予後不良という医療実践上の不利益を考慮したものと解される。

そして、六〇八号通達の根拠が医療実践上の不利益があることに鑑みれば、管理四又は管理四相当でなくても、じん肺により肺がんの発見が遅れたり治療の適用範囲が狭められるなどの医療実践上の不利益があり、その不利益の程度が著しい場合には、肺がんの病状の持続ないし増悪とじん肺との間には相当因果関係があると認めるのが相当であり、その場合、右肺がんは施行規則別表第一の二第九号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するというべきである。

(三) 右の観点から本件について検討する。

(1) 平成元年五月一五日当時における三郎の肺がん鑑別診断の可能性

ア 証拠<略>によれば、<1> じん肺の胸部エックス線写真の所見では、粒状影、不整形陰影などが見られるが、腺がんの胸部エックス線写真の所見では、一般に、肺野末梢部に陰影が淡く、境界が不鮮明で針状放射像、周辺ぼけ像、鋭い切痕像を示す陰影が見られること、<2> じん肺による大陰影が存在したり、結核性湿潤陰影が存在する場合には、これらの陰影ががんなどの異常陰影と重なって、読影・鑑別できないことがあるが、がんの異常陰影とじん肺の陰影は、それぞれ異質の性状を示すので、大陰影の認められない直径約一・五ないし三ミリメートルの陰影が存在する程度のじん肺においては、粒状影又は不整形陰影により肺がん等の異常陰影の初期像を発見し難いとはいえないこと、<3> 肺がんが疑われた場合、医療機関においては、咯痰検査による悪性細胞の検査、CT及び気管支鏡検査などを実施するのが通常であること、以上の事実が認められる。

イ 右アの認定事実、並びに前記に認定した平成元年五月一五日撮影の胸部エックス線写真及び通常断層写真の各所見を総合すると、同日撮影の胸部エックス線写真上のじん肺の陰影は、従前と同様、前肺野に分布した左右均等に直径約一・五ないし三ミリメートルのいわゆる粒状影及び不整形陰影が見られたにとどまり、他の異常陰影の読影を妨げるじん肺による大陰影又は結核性湿潤陰影は存在しなかったところ、右の胸部エックス線写真には、左肺下半分を占めるびまん性の異常陰影が出現し、右陰影の上部(左肺中肺野で、エックス線写真上は第七肋骨と第八肋骨との間)には、やや濃度の高い境界が不鮮明な異常陰影が見られ、また、同日撮影の通常断層写真には、第七肋骨に重なって境界が不鮮明な約三センチメートル×二センチメートルの濃度のやや高い異常陰影が見られたこと(なお、安曽医師も右の胸部エックス線写真の左中肺野に陰影を認めていたことは、前記のとおりである。)からすれば、同日撮影の胸部エックス線写真及び通常断層写真の所見上、じん肺性とは異なる左中肺野の異常陰影を読影することが可能であったということができるから、三郎にじん肺性の粒状影及び不整形陰影が存在したため、胸部エックス線写真及び断層写真の所見上の異常陰影を読影することが困難であったということはできない。

証拠<略>には、右の胸部エックス線写真について、じん肺性の粒状影があったため、左中肺野の陰影が非常に分かりづらいという部分があるが、右証拠には、右の胸部エックス線写真について、じん肺性の変化とは異なる異常陰影を読影できることまでをも否定する趣旨ではないという部分もあるから、右証拠をもって、右各写真から異常陰影を読影することが非常に困難であったということはできない。

ウ そして、証拠<略>及び弁論の全趣旨によれば、右の胸部エックス線写真の異常陰影は、感染症以外の何らかの病巣が存在する可能性を示唆する所見であり、また、通常断層写真の異常陰影も、感染症以外の腫瘍性の病巣の存在を示唆する所見であったことが認められるから、右各写真が撮影された平成元年五月一五日当時、客観的には、右異常陰影について肺がんの可能性を考慮に入れた鑑別診断は可能であったというべきである。

証拠<略>には、右の胸部エックス線写真及び通常断層写真の左中肺野に陰影の異常を読影することができるが、当時のじん肺性の粒状影の大きさ及び存在状況からすれば、従前の感染症の遺残と見ることが可能であり、この陰影の異常変化を判別できなかったとしてもやむを得なかったという部分があるが、客観的には肺がんの可能性を考慮に入れた鑑別診断が可能であったことは右に説示したとおりである。

エ 以上によれば、平成元年五月一五日当時、三郎の胸部エックス線写真及び通常断層写真の読影により、肺がんを疑い、精密検査すなわち喀痰検査による悪性細胞の検査、CT、気管支鏡検査などを施行することが可能であったというべきであるから、三郎のじん肺により肺がんの発見が困難であったと判断することはできない。

なお、岩見沢労災病院においては、平成元年一二月に三郎が入院するまで、肺がんを疑った検査をしていなかったことは前記のとおりであるが、このことをもって、右判断を左右するものではない。

(2) 平成元年五月一五日当時における三郎の外科療法の適応及び延命の可能性

ア 証拠<略>によれば、<1> 肺がんの治療には、外科療養、化学療法、放射線療法などが存すること、<2> 治療法の信頼度としては、外科療法が最も高いとされているが、肺が生命に関与する重要臓器であり、肺切除による機能低下が全身に及ぼす影響が大きいため、外科療法の適応は、病巣の広がり(病期的適応)と患者の一般状態及び心肺機能(機能的適応)により決定すべきであるとされていること、<3> 病期的適応条件としては、遠隔転移がないこと、気管・気管分岐部に湿潤が及んでいないこと、肺動脈基始部、上大静脈など周囲重要臓器に広く湿潤していないこと、縦隔リンパ節への転移が広汎でないこと、がん性胸水がないことなどが挙げられており、また、機能的適応条件としては、心肺機能が最も重要であるとされていること、<4> さらに、腺がんの場合には、一般に放射線や抗がん剤に対する感受性が低く効果も少ないため、外科療法が有効であるとされているが、腺がん、特に、悪性度の高い未分化腺がんの場合、一般に比較的早期に遠隔転移を来しやすく、予後も不良とされているので、手術等の外科療法の適応を欠くとされることが多いこと、以上の事実が認められる。

イ 右アに認定した事実、及び三郎の悪性度の高い未分化腺がんであったこと、昭和六一年ころに慢性心不全との診断を受けて治療中であったことなどを総合すれば、平成元年五月一五日当時の三郎には、外科療法の適応条件を欠いていた可能性が高く、また、腺がんに対する放射線や抗がん剤などの治療による延命効果も期待できない可能性が高かったものというべきである。

証拠<略>には、昭和六三年一一月一七日又は平成元年五月一五日の時点で肺がんであることが判明していれば、手術が可能であったという部分があるが、これは、外科療法の適応について、三郎の肺機能及び年齢(当時六七歳)から可能であったというにすぎず、他の適応条件についてまで検討した上でのものではないことがうかがえるから、右証拠は、直ちに採用することはできない。

他に、平成元年五月一五日当時の三郎において、外科療法の適応があったこと、若しくは同療法又は他の療法により同年一二月二六日の本件死亡又はそれに近い時期の死亡が避けられたことを認めるに足りる証拠はない。

(四) 以上によれば、三郎は、じん肺により肺がんの発見が遅れたことや、治療の適用範囲が狭められるなどの著しい医療実践上の不利益があったということはできないから、被控訴人の争点4に関する主張は理由がない。

三  結論

以上によれば、三郎の死亡が業務上の事由によるものではないとして、遺族補償給付及び葬祭料を不支給とした本件処分は適法であるから、控訴人の本件処分の取消しを求める請求は理由がない。

よって、右と結論を異にする原判決は相当でないから、これを取り消した上、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱崎浩一 竹内純一 土屋靖之)

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